| 番号 |
タ イ ト ル |
写 真 |
更新日 |
| D27 |
南三陸2---石巻市、南三陸町、北上川、志津川、歌津、田束山、魚竜化石、
ナウマン博士の貝化石、P-T境界、東日本大震災津波の被災地 |
 |
12- 5-18 |
| 日本列島の中でも北上山地には比較的古い地層が見られる。それも火成岩や変成岩ではなく、堆積岩なので「化石」が見つかる可能性がある。化石には少年が持つような素朴な好奇心が湧く。東日本大震災のために地学見学旅行を諦めていたところ、NPO法人 「山の自然学クラブ」 が、被災地の訪問を兼ねた南三陸の地層観察会をやるというので、参加させて頂くことにした。 (2012年4月) |
| D26 |
小笠原・父島2---南島の沈水カルスト、無人岩、アカガシラカラスバト、シダ類 |
 |
12- 5- 8 |
| 小笠原諸島の父島には、昨年6月に続いて2度目。今回は特に、南島の沈水カルスト地形、初寝浦の無人岩(ボニナイト)、ホエールウォッチングと父島一周クルーズ、島内各地でのシダ類の観察に重点を置いた。当初母島にも行く予定であったが、天候が悪く父島からの船が欠航し行けなかった。しかし幸いなことに初寝浦遊歩道においてアカガシラカラスバトを見ることができた。 (2012年3月) |
| D25 |
下仁田ジオパーク----跡倉クリッペ、荒船山、蝉の渓谷、青岩公園、妙義山 |
 |
11-12-19 |
| 仁田町といえば、葱(ねぎ)と蒟蒻(こんにゃく)で有名な、群馬県の人口約8000人の町であるが、今ジオパークで燃えている。ジオパークは、地球科学的に見て重要な特徴を有するだけでなく、その他の自然遺産や文化遺産を有する地域が、保全や教育、ツーリズムに利用しながら地域の持続的な経済発展を目指す仕組みである。2011年認定された下仁田ジオパークを訪ねよう。 (2011年12月) |
| D24 |
西東京と相模原の古代遺跡----国際基督教大学と野川遺跡、勝坂遺跡など |
 |
11-11- 23 |
| 横浜市の歴史同好会主催の「史跡見学会」の報告である。訪問先は、くにたち郷土文化館、国際基督教大学の湯浅八郎記念館(野川遺跡で発掘された旧石器が展示されている)、相模原市の勝坂遺跡、相模原市立博物館(勝坂式土器の見学、全天周映画で「小惑星から帰還したHAYABUSA」の鑑賞)である。見学には、東大非常勤講師の小田静夫先生がご同行下さった。 (2011年11月) |
| D23 |
山の辺の道---纏向遺跡、崇神天皇陵、景行天皇陵、石上神宮、大神神社 |
 |
11-11- 2 |
| 幾度か計画しながら実現しなかった大和の「山の辺の道」探訪は、思いがけず、桜井市で開催される講演会と遺跡見学に参加する形で実現した。最近、卑弥呼の墓ではないかと考えられている箸墓古墳、多くの天皇陵や古墳を訪ねるという考古学ファンには垂涎の旅であった。 (2011年10月) |
| D22 |
小笠原・父島---世界自然遺産、動植物の固有種、独特の地質、戦争の歴史 |
 |
11- 7-29 |
| 小笠原諸島の父島に行ってきた。小笠原諸島の島々は、4000万年以上前に太平洋プレートがフィリピン海プレートにに沈み込んでできた火山島で、大陸とは一度も繋がったことのない海洋島である。そのため、大陸からの生物の移動のチャンスが少なく、島に生息する生物の種類は少ないが、固有種の割合が高い。小笠原が東洋のガラパゴスといわれる所以である。島の文化史も面白い。(2011年6月) |
| D21 |
埼玉・群馬県境の地学---埼玉県立自然の博物館、長瀞、三波石峡、
西御荷鉾山、恐竜センター、富岡製糸場、群馬県立自然史博物館 |
 |
11- 6- 2 |
| 日本地質学発祥の地といわれる長瀞、地質学上の名称の由来となっている「模式地」である三波川と御荷鉾山、ブームとなっている恐竜センターと「恐竜の足跡」、2つの県立自然史博物館、序に世界遺産登録申請中の富岡製糸場を訪ねる贅沢な旅 (2011年5月) |
| D20 |
紀伊半島の海岸地形---瀞峡、鬼ヶ城、那智滝、橋杭岩、潮岬、天鳥の褶曲 |
 |
10- 7- 8 |
| 紀伊半島南部はどことなく四国南部と似ているような気がする。南国紀州と南国土佐であるから気候・植生は似ている。紀州には熊野古道、四国には霊場八十八か所、という宗教的遺産がある。しかし、地質図を見ていて1つの違いに気がついた。四国南部にはない火山作用が、紀伊半島南部にはあることだ。火山の影響が景観にどのような違いをもたらしているだろうか。 (2010年5月) |
| D19 |
美濃・尾張の自然 ---- 根尾谷地震断層、淡水魚水族館、飛水峡 |
 |
09-12- 3 |
| 日本山岳会の山の自然学研究会では、年に何度か会員が地元を案内することになっている。 今回は名古屋市在住の会員が世話役になって催して下さった。
これはその報告である。見学先は、我国最大の内陸性地震「濃尾地震」の跡地、日本最古の石博物館、世界淡水魚博物館、東山植物園というように様々な分野である。
これぞ自然学の醍醐味といっていいであろう。 (2009年11月) |
| D18 |
北海道の南と北(1) ---- 北大植物園、アポイ岳、礼文島の旅 |
 |
09-6-23 |
| 北海道は広いし、季節を変え、対象を変えれば、何回行っても新しい発見がある。 今回は南のアポイ岳と北の礼文島・宗谷に限って訪ねることにした。 アポイ岳は特異な地質のため固有種の花がみられる。 礼文島は以前にも訪ねたことがあるが、今回はレブンアツモリソウの開花期に合わせて訪ねる。 宗谷では2万年前の氷河期にできた周氷河地形を観察したい。 (2009年5月) |
| D17 |
北海道の南と北(2) ---- 稚内、宗谷岬、宗谷丘陵、サロベツ原野 |
 |
09-6-23 |
| ここには植物学的にも、地学的にも、歴史的にも、最北に因む文物が多い。 周氷河地形の宗谷丘陵には大型風力発電所や大規模太陽光発電所が設置されている。
北の大地は自然エネルギーの先進国である。 最北の地は、間宮林蔵の樺太探検出港の地、バルチック艦隊監視の地、太平洋戦争の開戦の無線発信の地である。
歴史の重みを実感する旅でもあった。 (2009年5月) |
| D16 |
佐渡の自然と文化 ---- ドンデン山の花、佐渡金山、史跡を訪ねる旅 |
 |
09-6-23 |
| 国内でも一度訪ねたいと思いながらまだ足を踏み入れていないところも多い。 私にとって佐渡はそのような場所の1つである。 今回日本山岳会の「山の自然学研究会」が企画した「佐渡のドンデン山の花を訪ねる旅」に参加して、長年の念願を果たした。
旅の後半は、研究会の行動から離脱して、佐渡金山を見学し、随所で地学観察をし、佐渡の史跡を訪ねることにした。 (2009年4月) |
| D15 |
沖縄本島の自然 ---- 琉球石灰岩とカルスト地形・サンゴ礁を巡る旅 |
 |
09-12-12 |
| 日本には自然が残っていないといわれるが、南の島々には亜熱帯性の多くの動植物が生存している。 南の島は生物多様性の宝庫である。 地形・地質的にもサンゴ礁が基になってできた熱帯性カルスト地形など貴重な自然遺産が残されている。
サンゴ礁が作った琉球石灰岩については、よく知られているとは言い難い。 私も琉球石灰岩をじっくりと観察したことがない。 (2009年12月) |
| D14 |
出雲・吉備路遺跡巡り ---- 日本古代史のもう1つの舞台 |
 |
06-4-21 |
出雲・吉備は、畿内・北部九州とともに日本古代史の舞台である。 近年夥しい数の銅鐸、銅矛、銅剣が出土した島根県の荒神谷遺跡・荒神谷遺跡はぜひ見学したい遺跡である。 横浜市歴史博物館ガイドボランティアのOB会、「横浜さいかちの会」の有志15人で、2泊3日の旅に出かけた。
(2005年5月) |
| D13 |
我が町横浜の歴史散歩----横浜市鶴見区の貝塚と古墳 |
 |
06-4-4 |
| 横浜市に住んで38年になるが、定年退職するまでは単なる「寝床」であった。 退職後、横浜市歴史博物館のガイドボランティアをやらせて頂いたお蔭で、横浜市内に縄文時代や弥生時代の遺跡が沢山あることを知った。 今回、歴史同好会の仲間と一緒に「鶴見地区歴史発見ミニツアー」に参加した。 (2006年3月) |
| D12 |
足尾銅山----日本の鉱工業の光と陰 |
 |
04-12-15 |
| 足尾銅山はかつては日本一の銅産出量を誇った。その歴史は、「鉱山近代化」の光と、「鉱毒問題」の陰に彩られている。いうまでもなく古河市兵衛による足尾銅山の輝かしい歴史と、「公害の原点」ともいわれる田中正造の環境保護運動である。現地に歴史を訪ねてみた。 (2004年11月) |
| D11 |
北大歴史散歩----札幌農学校に明治の開拓者精神を見る |
 |
03-6-20 |
| 私は北海道が大好きである。夏の大雪山・トムラウシの高山植物は日本一だし、ニセコで滑る粉雪は世界一だと思っている。北海道で素晴らしいのは自然だけでない。北大キャンパスにクラーク博士の開拓者精神と明治・大正・昭和の歴史を訪ねてみた。 (2002年12月、2003年2月) |
| D10 |
北九州遺跡巡り----日本古代史の舞台を訪ねるロマンの旅 |
 |
03-6-20 |
| 北九州は、畿内とともに日本古代史の重要な舞台であり、ロマンの世界である。2年間の横浜市歴史博物館のガイドボランティアの任期が終了した我々OBは、「さいかちの会」という歴史研究同好会を立ち上げ、修学旅行の気分で、3泊4日の旅に出かけた。 (2003年5月) |
| D9 |
九州大宰府----大君の遠の朝廷を訪ねる |
 |
02-12-26 |
| 九州大宰府といえば受験の神様太宰府天満宮を想い起こす人が多いだろう。歴史好きの人なら大宰府政庁を、文学好きの方なら大伴旅人や山上憶良といった万葉歌人を連想されるかも知れない。さあ、大和と並ぶ日本の古代史の宝庫太宰府を訪ねよう。 (2002年11月) |
| D8 |
大和路(1)----平城宮跡・奈良公園・西ノ京を訪ねる |
 |
02-5-31 |
| だれにでも 「ふるさと」 がある。 「日本のふるさとは大和である」、といえるかもしれない。大和路(1)には、復元された平城宮の朱雀門、大仏開眼1250年の奈良国立博物館特別展示、平山郁夫先生の壁画が完成した薬師寺など、見所が多い。 (2002年4月) |
| D7 |
大和路(2)----聖徳太子ゆかりの地、斑鳩を訪ねる |
 |
02-5-31 |
| 聖徳太子ゆかりの斑鳩の里には、日本で最初の世界文化遺産に登録された法隆寺、中宮寺などがある。近くの藤ノ木古墳は、5世紀の未盗掘古墳で、金銅製の品々が発見された新聞記事は記憶に新しい。 (2002年4月) |
| D6 |
大和路(3)----万葉のふるさと、藤原・飛鳥を訪ねる |
 |
02-5-31 |
| 日本の歴史は592年の推古天皇の即位辺りで考古学から歴史学の時代に変わる。710年に元明天皇が平城宮に遷都するまで、飛鳥・藤原が日本の首都であった。この時代は、万葉集が最も花開いた時期でもある。さあ、万葉のふるさとを訪ねよう! (2002年4月) |
| D5 |
加曽利貝塚----千葉市にある我が国最大の縄文貝塚 |
 |
02-4-30 |
| 「貝塚」という言葉には、何か日本的な響きがある。千葉市にある加曽利(かそり)貝塚は7000年前から2500年前まで続いた、日本最大級の貝塚である。面白いことに、ここは日常生活のゴミ捨て場ではなく、干貝を作る作業場のゴミ捨て場であったと推測されている。 (2002年3月) |
| D4 |
尖石遺跡----八ヶ岳山麓の縄文遺跡発掘にかけた宮坂氏の情熱 |
 |
01-12-27 |
| 八ヶ岳の西側、標高1000m余の緩斜面には、多くの縄文遺跡がある。中でも 「尖石遺跡」
は学術的価値が高いとして国の特別史跡に指定されている。この遺跡は、昭和初期から宮坂英弌氏が発掘調査を進め、日本で初めて縄文時代の集落研究が行われた遺跡である。 (2001年7月) |
| D3 |
登呂遺跡----弥生時代の水田跡が最初に発見された弥生遺跡 |
 |
01- 8-20 |
| 「登呂遺跡!」 なんと懐かしい名前だろう。太平洋戦争終戦の頃日本人が敗北感で自信喪失していたときに、勇気づけてくれたニュースの1つが、「登呂遺跡」の発掘調査で日本最古の水田跡が発見されたことであった。ついにこの遺跡を見学する機会が来た。 (2001年7月) |
| D2 |
宮島と厳島神社----平家一門の繁栄祈願の跡を訪ねる |
 |
00-12-11 |
| 松島、天の橋立とともに日本三景に数えられる「安芸の宮島」のシンボルは、1996年に世界文化遺産に登録された厳島神社である。厳島神社といえば、平安様式の神殿、海中に立つ大鳥居、平清盛が平家一門の栄華を祈願して納めた「平家納経」などが目玉であろう。 (2000年11月) |
| D1 |
札幌雪まつり----純白の輝く雪像とライトアップされた幻想の世界 |
 |
00-10-18 |
| 国内外から200万人が訪れる世界的な祭典、札幌の雪まつり。メイン会場となる「大通り公園会場」、のほかに「真駒内会場」、「すすきの会場」の計3会場からなる。太陽の光に輝く純白の雪像も美しいが、ライトアップされた夜の会場は幻想の世界を見せてくれた。 (2000年2月) |