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富士山の青木ケ原樹海----山の自然学シリーズ(1)
  
 自然界には、どうしてこのようなものが出来たのだろうと不思議に思うものがある。山の美しさもそうだし、怪石奇岩もそうである。美しい高山植物や蝶のような生物も然りである。この不思議さを研究することが自然を愛し、自然を保護することにつながると思う。

 自然地理学(地形学、地質学、生物学などを含む)の専門家でない私にとって、自然界はいつまでも不思議の世界であるが、私に理解できる範囲で、自然界の不思議をホームページで紹介していきたい。
称して 、
山の自然学シリーズ

 第1回は 「富士山の青木ケ原樹海」 である。私が参加している NPO(特定非営利活動法人) 「山の自然学クラブ」 として行った調査活動から、興味あるところを紹介しよう。もとより浅学の身なれば、誤りの多いことを危惧する。お気づきの節は、ご一報頂ければ幸いである。
                               (2002年11月)
樹海の中の美しい紅葉
  
富士山の青木ケ原樹海周辺の概念図
  

  
樹海ガイド・ウォーク
 
富士山クラブでは、小中学生や社会人を対象にインストラクターが案内している。我々は自分達だけで行う樹海探検に先立って、富士山クラブのガイド・ウォークに参加し、3時間半の樹海観察を体験した。 
  
野鳥の森から樹海へ
  
山の自然学クラブからの参加者13名は、「野鳥の森」に集合した。
  
アセビは菌の少ない土でないと育たない。樹海はきれいなところである証拠。
 
       ネズミの巣を説明するインストラクターの塚原さん
ここにはヒメネズミとアカネズミがいる。ネズミは木の実を保存しておいて渋が抜けてから食べる。ネズミはイタチ、タヌキ、フクロウなどの餌になる。つまり、肉食動物に対して相対的に食物連鎖の底辺側にいることになる。
  
樹海の遊歩道には、ところどころに地図や道標があり、迷うことはない。
  

  
英 氷穴 (はなぶさ こおりあな)
  
                      富士山周辺にある氷穴の1つ、英氷穴
溶岩が多孔質のため水が外にしみ出し気化熱を奪うので、低温になるという。冷蔵庫のない時代には、氷の保存に使われた。
  
溶岩洞穴の1つ。屋根のように覆い被さったものは溶岩ドーム、このように破れたものはブリスターと呼ばれる。 溶岩洞穴が出来るメカニズム
富士山総合学術調査報告書 富士急行(株) 1971年
73頁を参考に作成
  

  
樹海の中の樹木
  
溶岩が流れた跡  この溶岩は粘性が大きかったようだ。
  
倒木の上に生えた若木。このような現象を倒木更新という。倒木は若木の肥やしとなる。
  
樹海の中にもこのような紅葉が見られる
  
       360度曲がった木
2回以上倒木の下敷きになったのだろう。でもその後は健気にもまっすぐに伸びている。何か人生を連想させる。
 
       樹海には巨木も多い
この辺りはアカマツが多い。山火事の後、日当たりのよいところに先駆植物であるアカマツが生える。その後、日陰が出来るとヒノキ、ツガ、モミなどが生える。 
  

  
竜 宮 洞 穴
  
竜宮洞穴はセノウミ神社のご神体。ここは参道。 「竜宮洞穴は天然記念物」 と説明する塚原さん
  
雨乞いの神として、干ばつになると、近隣の町村から多くの人々が水を借りに訪れたという。  洞穴の溶岩の上にしがみつくように生えた樹木
樹木は苔から水分を摂るので、苔を踏まないように。
  
             竜宮洞穴は 「セの海神社」 として祭られている。
昔 「セの海」 という大きな湖があり、それが貞観6年(864年)の噴火の溶岩で分断されて、本栖湖、精進湖、西湖になったという説がある。しかし、本栖湖、精進湖にある特定のプランクトンが西湖にはないこと、平成3年に西湖が氾濫し長期間水が引かなかったことから、西湖は地下で本栖湖、精進湖とつながっていないと考えられる。そこで、「セの海」と青木ケ原は別のものという説も出ている。
  

  
西 湖 蝙 蝠 穴
  
西湖蝙蝠穴の入口

 
洞窟内は気温10度、湿度100%で、カメラのレンズはすぐに曇る。 溶岩鍾乳石
屈んでやっと通れるところもある。
 
  
最奥部にコウモリの巣がある。人間は入れないようにしてあるが、コウモリにとって住み心地は如何なものであろうか。 縄状溶岩床
洞穴が出来てから後に溶岩が流れ込んだ証拠か。
 
  
                             珪藻土線
864年に、ここに溶岩流が流れ込み、湖水は沸騰・蒸発して水位は低下した。その後、再び元の水位に戻り、洞内にも水が溢れた。昔の湖の水位を示す跡が、この白い珪藻土線である。
  
  
西湖蝙蝠穴の出口
  
管理事務所にはギャラリーがあり、コウモリの剥製や写真が展示されている。 キクガシラコウモリの写真
 
  

  
樹 海 探 検
  
民宿 「沖の家」 で1泊した翌日は、自分達の力で樹海探検だ。迷い込んだら出られないという樹海では、無手勝流は通用しない。幸い 「山の自然学クラブ」 の大森理事長が手に入れた 「レーザープロファイラによる立体画像」 が手元にある。 先ずはこの画像を見て面白そうな場所を見つけ、実際に行ってみてどんなところか調べることにした。リモートセンシングでいわれるグラウンド・トルース(Ground Truth)である。

今回の調査にはもう1つ目的がある。今後樹海がわれわれの学習フィールドになった場合の準備として、安全に探検するための道具のテストをすることである。1日でどこまでやれるだろうか。
  
       レーザープロファイラによる立体画像 (国土交通省 「ふじあざみ」 第38号 平成14年10月)
普通の航空写真では、樹海の樹木が邪魔をして、地表面の形状を撮影することが出来ない。レーザープロファイラは、航空機からレーザー光線を発射し、地球から反射して戻るまでの時間で高さを測定する。その際、樹木からの反射と地表面からの反射を時間差で区別することが可能である。こうして、樹木の下にある地表面を立体的に撮影したものが、上の画像である。普通の航空写真では見られない溶岩が流れた跡や噴火口がよく分る。
  

  
片 蓋 山
  
富士山の寄生火山は固有の名前をもつものだけで53もある。青木ケ原と富士山頂の間には大室山、長尾山、片蓋山、などの標高1400m級(比高110〜250m)の寄生火山がある。貞観6年(864年)の長尾山の噴火のときには大室山はすでに存在して、これが溶岩流を2分して青木ケ原ができたといわれている。

このときの噴火は歴史書 「三代実録」 に記録があるし、溶岩で炭化した樹木の同位元素時代測定で確かめられている。片蓋山については噴火の時期も知られていないようなので、先ずこの山から調査することにした。
  
レーザー立体画像に示された登山道が分らず、適当なところから直登すると、なんと植林地に出た。山頂には、片蓋山(1468m)の標識があり、がっかり。
  
山頂から火口原にかけては原生林である。道に迷わないよう、黄色のテープをつけながらヤブ漕ぎをする。 大きな山椒の木を見つけた。葉を噛んでみると、いい香りがした。
  
火口原に着くと、そこは母の胎内のような静かな落ち着くところだった。 東側の火口壁を見上げると、ウラジロモミの大木が倒れていた。虫か菌にやられたようだ。
  
西側の火口壁を見上げると、黄葉した木や落葉した裸木がそびえていた。
 
足下には落ち葉があり、
気持ちがよい。
  
火口原を観察した後、東側の火口壁をよじ登ると、道に出た。レーザー立体画像で予想した道である。 樹林帯の中の幅1mほどの道が写っているのに感心。
  
宝永山の見える静岡側と違って、山梨側から眺める富士山は対称形である。
  

  
植林地の中の空地
  
次に調査することにしたのは、レーザー立体画像の上でおよそ 100mの間隔で平行線が数本見える場所。人工物に違いないが一体何だろうか。
  
現地に着いて驚いた。 これは林業用の幅7〜8mの道路である。 このような道路が約100m間隔で平行してつけられている。レーザー立体画像の正確さに驚く。
 
果実は直径8〜10mm
                 アズキナシの木  山梨県指定天然記念物
付近の県有林で見つけた。目通り幹囲3.15m、樹高23m、アズキナシとしてはまれに見る大木である。果実の形がナシに似ており、色は小豆に似ていることから、アズキナシと名付けられた。
説明板には、鳴沢村では昔から「ズミの木」と称すると書かれているが、同じバラ科でもズミはリンゴ属、アズキナシはナナカマド属である。
  

  
氷穴と噴火口列
  
3番目に調査することにしたのは、レーザー立体画像で氷穴火口列と記されたところである。一般の航空写真に基ずく地形図には何も描かれておらず、レーザー立体画像の真骨頂ともいうべき場所である。
  
この辺は笹が茂っているので、若木が育たず、樹木の更新が少ないという。しかし笹は数十年毎に結実して枯れるので、そのとき日当たりがよくなって樹木が更新するのだろう。 更新が少ないためか、大木が多い。これは見事なミズナラの黄葉。
 
 
  
ついに氷穴を発見
  
続いて火口列を発見。ここには噴火口が10個ほど並んでいる。そのうちの3個の火口原に入ってみる。先程探検した片蓋山の火口原と違って、ここは苔むした岩がゴロゴロしてい不気味である。早々に火口から脱出した。
  

  
長 尾 山
  
4番目に調査することにしたのは、貞観6年(864年)の噴火により青木ケ原を作ったという長尾山(1424m)である。
  
長尾山の火口原は平で、片蓋山のものに似ているが、土が湿っぽくシダが多い点が違っていた。貞観6年(864年)に、ここから流れ出た溶岩が湖を分割し青木ケ原を作ったとは、とても想像できないほど静かな場所である。
  
長尾山の3つの火口を見た後、山頂近くの見晴らしのよい場所に登ると、はるか彼方に南アルプスの山々が見えた。左から農鳥岳、間ノ岳、北岳。
 
近くに見える大室山ができたのは3000年くらい前で、貞観6年(1100年余前)に長尾山から噴火した溶岩は、大室山に阻まれて2方向に分かれ、セの海へ流れ込んだ。
  

  
樹海探検道具のテスト
  
今回の調査の目的は、青木ケ原が山の自然学クラブの学習フィールドに相応しいかどうかを見定めること、樹海での行動に必要な道具のテストをすることである。火口調査に思いがけず時間を取られ、鳴沢の樹海に入ったのは、薄暗い5時頃となった。
  
方位磁石は、樹海中でもほぼ北を指した。ただし、ところどころで90度もぶれることがある。 100%信用せず、動作をチェックしながら使いこなす必要がある。 GPS(Global Positioning System)は、樹海中でも、この時期には3〜4個の衛星を捉えることが出来た。ただし樹木が繁茂している夏期には電波は受かり難いかもしれない。
  
樹海の中はどちらを見ても同じような木が生えており、数mも進めばいま来た方向を見失うことを実感した。150mの黄色いロープの一端を木に結び、ロープを伸ばしながら進んでいく。戻るときはロープを辿る。夕暮れの実験で、ロープ方式の簡便さと信頼性が確かめられた。この他、滑りやすい苔むした岩の上を歩くためのストック、迷った時のためのサバイバルシートと笛も必需品であった。
  

  
「鳴沢の道の駅」から見た富士山と大室山(右端) 
だれからともなく、「次の調査は大室山だね」 という声が聞こえてきた。
(右端に太陽があり、右と左で明るさが極端に違うためパノラマに合成するのに苦労した)
  
今回の 「山の自然学クラブ」 の調査は、富士山クラブにお願いしたガイドツアー、レーザー立体画像の驚くべき正確さの確認、自然学クラブの学習フィールドになりうる幾つかの場所の発見、樹海での安全を確保する道具の点検など、実りが多かった。

            また来る日まで、富士山よ、さようなら!
 
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